Caring
健やかな社会を支える努力を称える

第14回ヘルシー・ソサエティ賞 受賞者の方々の軌跡と功績を辿る4つのストーリー

「ヘルシー・ソサエティ賞」は、健全な社会と地域社会の幸せを願い、国民の生活の質(クオリティ・オブ・ライフ)の向上に貢献した人々を称える目的で、2004年に日本看護協会とジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループによって創設されました。今年度も全国から寄せられた推薦候補者の中から、教育、ボランティア、医療など、さまざまな分野で指導的役割を果たし貢献する4部門4名の受賞者が決定しました。この賞をきっかけに、国民の健康、地域社会の福祉、さらに生活の質の向上のための有意義な活動が、より広く普及することを願っています。

「こうのとりのゆりかご」で命の尊厳を守る

医療従事者・医療介護部門受賞 蓮田 太二(はすだ たいじ)  Hasuda Taiji 医療法人聖粒会 慈恵病院 理事長・院長

産婦人科医として50年以上にわたり母子を見つめ、その命に関わってきた蓮田太二氏。1988年からは「母子共に幸せに生きるための選択肢」として特別養子縁組を支援してきました。マザー・テレサ来日を機につくられた民間団体「生命尊重センター」の「妊婦と胎児の命の尊厳を守る」運動に感銘を受け、2002年より慈恵病院で「SOS赤ちゃんとお母さんの妊娠相談」を開設。未婚や望まぬ妊娠、貧困などの相談は年間6,500件を超えると共に、特別養子縁組も約300組にのぼります。2007年には、国内唯一の「こうのとりのゆりかご(俗称:赤ちゃんポスト)」の運用を慈恵病院内で開始。世間の批判に揺らぐことなく、複雑な問題を多面的に捉え、最後の手段として「妊娠相談」と「ゆりかご」を取り入れ、多くの母子の命を救っています。

最も優先すべきは
命を救い、幸せに生きてもらうこと

蓮田先生は、様々なメディアニュースで取り上げられている「こうのとりのゆりかご(俗称:赤ちゃんポスト)」の創設者ですが、創設の経緯を教えてください。

蓮田2003年頃、生命尊重センター副代表の田口朝子さんからお声がけいただき、ドイツの赤ちゃんポスト「Babyklappe(赤ちゃんの寝床)」を視察しました。中世には赤ちゃんポストの原型である回転扉と呼ばれる施設が修道院に設けられていました。ある時期にそれがなくなり、世界に先駆けて2000年にドイツで設置されたのです。当時、日本では虐待により子どもが殺される事件が増えており、それに対して非常な憤り、悲しみなど諸々の感情を抱いていました。しかし、視察してすぐには導入する気持ちになれませんでした。一番大きな問題は、赤ちゃんを捨てるのを助ける遺棄幇助罪になるという法律があるためです。法学部の教授にお尋ねしたところ、安全な場所に預かるのであれば遺棄幇助罪にならないという方もあり、当たるという方もおられた。それでしばらく躊躇していました。もう一つの問題として、赤ちゃんポストを作る場所がなかったこともあります。しかし、熊本で立て続けに3人の赤ちゃんが遺棄されて、そのうち2人が亡くなったのを知り、何と批判されようが、生まれてきた命は守るという思いで創設に向けて動き始めました。

今のお話のように、法律や行政、社会的倫理など多岐にわたりクリアしなければならない課題があったと思われます。

蓮田行政は法律がなければ動くことができないのですが、その頃の私はそういうことを把握していませんでした。熊本市の担当の方は法律を調べていますと言うばかりでなかなか許可がおりなかったところ、そうした行政の態度について厳しく批判する論文が地元の新聞に掲載されたことがきっかけで、それらに押されるかたちでようやく許可がおりたのです。

「こうのとりのゆりかご」については、世論の反対も強かったと聞いています。どのように理解を求めていったのでしょうか。

蓮田地元紙の記者が病院の近隣の方にインタビューしたところ、慈恵病院がやることなので支持するという声ばかりだったそうです。しかし、病院へは反対の電話やメールが殺到しました。ある時、子どもの人権を守るシンポジウムで話すように依頼され、批判されるのを承知で出席しました。一人で自宅や車内で産み、緊急事態下にありながら出産した子どもの命を守って、赤ちゃんポストまで連れてくる女性がいる現実があり、最も優先すべきは命を救い、幸せに生きてもらうことだという確信がありましたから、持ち時間をオーバーし、理解してもらえるように話をしました。私の話が終わった時、超満員の聴衆の中から大きな男性が立ち上がり、「『赤ちゃんを捨てるのを助けるなんてもってのほかだ、叩き潰してやろう』と宮崎から来ました。だけど先生の話を聞いて子どもを大切に思う心を知り、賛成する気持ちになりました」と大声で言ってくれたのが忘れられません。

実親でなくとも愛情あふれる家庭が
子どもの幸せに欠かせない

それ以前の2002年から病院に「SOS赤ちゃんとお母さんの妊娠相談」を開設、特別養子縁組の支援もされています。

蓮田はい。2002年に始まった妊娠相談は、2007年5月から24時間365日フリーダイヤル体制を敷き、望まぬ妊娠などの相談を受けています。時間の制約がある公共機関の相談に比べて、相談件数も多く、年間6,500件を超え、これまでに行った特別養子縁組の数は約300組になりました。「こうのとりのゆりかご」で預かった赤ちゃんを養子縁組で迎えたご両親から、長い長い、喜びに満ちあふれたお手紙をいただいたことがあります。少し経つとそのお子さんが、親を試すように反抗がひどくなりご両親は悩まれていました。訪問をして、反抗をしても愛情を持って強く抱きしめてあげてほしいとお願いすると、再び幸せな親子関係に戻りました。子どもが幸せになるには、育てられない、育てたくない家庭より、実親でなくても愛情あふれる家庭で育つことが欠かせません。私はそう信じています。

蓮田先生が一番訴えたいのはどんなことでしょう。

蓮田相談の中には若年妊娠が非常に多い。小学校5年生、6年生の女の子もいますし、中学生はけっこうな数になります。産月になるまで母親が娘の妊娠に気づかないケースがありました。お母さんは自分の娘の行動や体をよく見ていないと強く感じます。子どもにはしていいことと、悪いことをしっかり教えてください。そして、叱るだけでなく、普段からよく話し合って、いざという時に子どもが打ち明けられる関係を築いていただくようにお願いします。未婚や若年で妊娠された人が心身ともに健康を取り戻し、前向きに社会に復帰されるよう支援していきたいと思います。

大変なご苦労をされてまで、信念を貫く原動力はどこにあるのでしょう。

蓮田どんなに批判されても、赤ちゃんが生き延びる権利が最も重要で優先されるべきであるという考えが揺らぐことはありません。私は気が弱いほうだったんですが、私の父も祖父も頑固者でした。遺伝的なところがあるのかもしれませんね。

蓮田 太二(はすだ たいじ)
医療法人聖粒会 慈恵病院 理事長・院長

熊本大学医学部卒業。医学博士。熊本大学産婦人科教室の研究員を経て、1969年より慈恵病院に勤務。2006年12月、新生児を匿名で受け入れる窓口「こうのとりのゆりかご(俗称:赤ちゃんポスト)」の設置を熊本市に申請し、2007年4月に許可を取得、同年5月より院内で運用を開始した。日本初の試みとして全国の注目を集める。他にも慈恵病院を拠点に、小・中・高校生を対象とした性教育の出張講義「いのちの講演会」や、生命尊重教育を目的としたアニメーション映画製作の資金集め、母子訪問・育児サークル運営による子育て支援など、さまざまな活動を続けている。

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