超高齢化が進む日本では「いつまでも健康で、豊かな人生を楽しむ」がキーポイントとなります。しかし、骨粗しょう症になると、骨折リスクが高くなり、また生活機能や生活の質(QOL : Quality of Life)が低下するといわれています。そのうえ、骨折の有無にかかわらず、長期的に死亡リスクを有意に上昇させるともいわれており、高齢者の割合が年々増えている日本では、社会的な健康課題とされている病気の一つとなります。骨粗しょう症は、痛みなどの初期症状がないことも多いため、自分では気づきにくく、「実はなっていた」というケースも少なくありません。私たちの生活の質を低下させてしまう骨粗しょう症のことを正しく知り、身近にできることからはじめてみましょう。
骨粗しょう症は、骨密度の低下と骨質の劣化により骨強度が低下する疾患です。骨密度と骨質の両方、またはいずれかが低下することで骨強度が低下し、骨折のリスクが高くなってしまいます※1。骨は、新しく作られる骨形成と、骨を溶かして破壊する骨吸収を絶えず繰り返すことで、骨の劣化を修復し強度を保っています。しかし、閉経後のホルモンバランスのみだれや加齢、生活習慣病などさまざまな要因で、骨形成と骨吸収のバランスが崩れ、骨吸収が骨形成を上回るようになり、骨密度が低下してしまいます。また、このバランスの崩れはそもそもの骨の微細構造の劣化を起こし、骨質の低下を引き起こします。骨質の低下は、生活習慣病、ビタミンの欠如などによって、骨の素材としての質が低下することでも生じます。骨の強度が下がるという骨粗しょう症の状態になってしまうと、外からかかるわずかな力でも骨折するリスクが高い状態になってしまいます。高齢者の骨折は、転倒骨折がきっかけであることが多いですが、骨粗しょう症により、すでに骨折しやすい状態になっているケースがほとんどだといわれています。
~用語集~
骨密度とは? | 「骨を構成するカルシウムなどのミネラル成分のつまり具合」※2を指します。 |
骨質とは? | 骨の素材としての質である材質特性と、その素材を元に作り上げられた構造特性(微細構造)※3を指します。 |
骨粗しょう症になると、立った状態から転倒するなど、外からかかるわずかな力でも骨折しやすくなってしまいます。これらの骨折は、脆弱性骨折(ぜいじゃくせいこっせつ)ともいわれます。骨粗しょう症による骨折には、生じやすい部位があります。背中の骨や脚の付け根、手首、肩の付け根に骨折が生じやすいといわれており、いずれも私たちの日常の行動を支える大切な部分です。
たとえば、背中の骨の骨折である椎体骨折は、日本では70歳代前半の25%、80歳以上の43%の高齢者が経験しているといわれております※1。加えて、部位にかかわらず、既存骨折があると骨折リスクは約2倍になるといわれており、特に、既存椎体骨折があると椎体骨折のリスクは約4倍に高まると言われております。このように、骨粗しょう症による骨折は、骨が弱い状態にあることから、骨折の続発のリスクも高いといわれています。日常生活の行動に大きな影響がある骨折リスクだけでなく再発リスクを避けるためにも、まず骨粗しょう症にならないよう日常生活の中での心がけが健康な日常生活を送るキーポイントとなるといえるでしょう。
~用語集~
脆弱性骨折(ぜいじゃくせいこっせつ)とは? | 骨粗しょう症により、骨がもろくなり、外からの軽い衝撃が原因で発生してしまう骨折を指します。 |
脆弱性骨折は日常生活の行動だけでなく、さまざまな影響をもたらします。 調査によると、高齢者の寝たきりの原因第3位は、転倒による骨折である※4こと、要介護となった主な原因が骨折・転倒である※5 ことがわかっています。 脆弱性骨折になると、体が思うように動かせなくなり、筋力や身体機能のおとろえ、運動機能、内臓機能への障害から寝たきりにつながるケースも少なくありません。また、骨折により、生活の質を表すQOLが低くなる傾向にあり、なかでも背骨への影響がある人は家事の動作や姿勢、自分の体形、心理的要素に関する質が低くなりやすい※1ということもわかっています。 さらには、長期的にみると、骨折の有無にかかわらず死亡リスクを有意に上昇させることもわかっています。骨粗しょう症の治療や日常から骨を強くするための心がけは、日常生活の行動の質の維持だけでなく、生きるうえで重要なQOLを保ち、向上していくことにもつながっているといえるでしょう。
ここでは、骨粗しょう症による骨折の代表として、背中の骨折である椎体骨折と、脚の付け根にある大腿骨の骨折である、大腿骨骨折(大腿骨近位部骨折)についてみてみましょう。
椎体骨折
- どんな症状がありますか?
背骨は椎骨(ついこつ)と呼ばれる小さな骨でつくられ、体をバランスよく支えています。しかし、骨粗しょう症になると骨がもろくなり、体を支えきれなくなることで椎骨がつぶれたり、尻もちや小さな力によって椎骨がつぶれ、椎体骨折を引き起こしてしまいます。 高齢者の背骨の骨折は起こりやすいだけでなく、いつの間にかなっていた、ということが多いといわれています。「最近、背中が曲がってきた気がする」「自分の背が縮んできた気がする」など感じている方は、病院で検査を受けていただくといいかもしれません。椎体骨折の3分の2は症状がなく※1、また、3人に1人が骨折時に背中や腰に強い痛みを感じるといわれており、そのままにしておくと、つぶれた骨が神経を圧迫し、しびれや麻痺が出ることもあります。一度骨粗しょう症性脊椎圧迫骨折(こつそしょうしょうせいせきついあっぱくこっせつ)が起こると、次の骨折を引き起こすリスクもあります。
- どのように治療されますか?
骨粗しょう症による椎体骨折は、症状によって保存療法、手術が選択されます。軽度の症状の場合、コルセットで固定し、3~4週間ほど安静にすることでほとんどが治るといわれています。しかし、このような保存治療を行っても痛みが改善されない場合は、手術の適応となることがあります。手術後は、骨折した椎体を保護するためのコルセット着用、骨折部分以外の骨を強くするための薬の服用や注射、などの治療が継続される場合があります。
手術手技の例としては、「経皮的椎体形成術(けいひてきついたいけいせいじゅつ)」という治療法が存在します。 経皮的椎体形成術は、専用の器具を用いて椎体を安定させ痛みを和らげる治療となり、痛みの原因がつぶれた骨によるものの場合、手術後、痛みが改善※6します。手術の手順は以下となります。
※保存治療やその他の術式の選択肢がある中で、専門医の先生の診断で適切と判断された場合に適応となる手術です。
※手術では、背中の2カ所(1cm程度) に針を刺入する方法で行いますので、大きな手術の傷跡が残る心配はありません。
大腿骨骨折(大腿骨近位部骨折)
- どんな症状がありますか?
大腿骨骨折(大腿骨近位部骨折)には、部位によって以下のように様々な骨折があります。
これらの大腿骨骨折(大腿骨近位部骨折)は、転倒によって発生することがほとんどで、高齢者の患者数は年々増え続けています※1。 また、部位によっては、骨粗しょう症がある場合、ちょっと脚を捻っただけでも骨折してしまうケースもあります。骨折してしまうと、転倒の後、股関節の部分に強い痛みがあり、歩けなくなるケースが多いといわれています。高齢者が何日か前に脚の付け根を痛がっていたが、あるとき急に立てなくなったというようなことがよくあります。日本では年間10数万人が受傷し、多くの方が骨折を契機に寝たきり、閉じこもりになってしまうため、社会問題となっています。また、大腿骨骨折(大腿骨近位部骨折)になってしまった場合、できるだけ早く手術を行うことで合併症が少ないだけでなく、その後の生存率も高くなり、入院期間が短くなる※7といわれています。実際の調査では、骨折後、48時間以内に手術を受けることで1年後の生存率が改善した※7ことがわかっています。
- どのように治療されますか?
大腿骨骨折(大腿骨近位部骨折)は、安静期間中に認知症や、廃用萎縮といって動けないうちに運動機能がおちて寝たきりになってしまうことがありますので、何らかの手術療法を考えることが増えています。
手術手技はいくつか種類があり、骨折の状態によって手術方法が変わってきます。代表的な大腿骨骨折(大腿骨近位部骨折)の手術方法は以下となります。
一度、骨粗しょう症による骨折が発生してしまうと再び骨折するというケースも少なくないため、入院・手術を行った後の対処も重要となってきます。必要な患者さんには入院中からの骨粗しょう症の治療を実施し、さらなる骨折を防ぐことも推奨されています。 定期的な検診などで自分の骨の状態を知っておくこと、骨粗しょう症になってしまう前に日常生活での心がけで予防していくこと、万が一自分がなっていた時に備え、症状をきちんと理解し、対応や治し方を知っておくことで早期回復、その後の自分のQOL向上にも大きくつながってくるでしょう。 QOLは、自分の人生の生きがい、満足度を含めたものとされますが、なかでも健康関連のQOLは治療、自分のケアにより改善・悪化するといわれています。 急速な高齢化による慢性疾患の増加、患者さん中心の医療への志向だけでなく、生活の質が維持された健康寿命の延伸※8も重要視されるなか、骨粗しょう症による骨折は日常生活の行動に大きく影響し、QOL低下にも起因します。 ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社 メディカル カンパニーが発表した「My Health, Myself ― 私の健康のために、私ができること。」プロジェクトによる初調査「人生100年時代 × デジタル社会の総合的なヘルスリテラシー※9 国際調査※10」(日本・アメリカ・イギリス・オーストラリア・中国・フィンランドの6カ国における20~60代の3,000人を対象)によると、 「現在、慢性的な痛みや苦痛を感じているが、我慢している(現在、慢性的な痛みや苦痛を感じている人ベース)」という質問に対し、日本では「はい」と回答した人が全体の32.3%、フィンランド、アメリカに次いで痛みや苦痛を我慢する人が多い傾向にあることが、データから伺えます。 QOLの向上には、早期発見に向けた行動が重要となってきます。痛みや苦痛を我慢せず、定期的に検診を受けることで疾患の早期発見につながったり、適切なタイミングで医療機関にかかることで治療の選択肢が広がることもあります。
~増加傾向にある骨粗しょう症の患者数データ~
骨粗しょう症は、骨の生活習慣病ともいわれていて、誰にでも起こってしまう可能性のある病気であり、日常生活の中でも骨粗しょう症を引き起こすリスクは潜んでいます。2022年に発表された骨粗しょう症の患者数※11は 1,590万人(男性410万人 | 女性1,180万人)となり、これまでの患者数とされていた1,280万人※1を大きく上回り、増加傾向であることがデータからもわかります。 具体的な骨粗しょう症の予防としては、若年期(1歳~18歳)にカルシウムなどの骨密度に対する十分な栄養の摂取と、強度のある運動によって、可能な限り高い骨密度を獲得し、中高年期の骨密度の低下を可能な限り抑えることが重要であるといわれています※1。十分な栄養素の摂取、適正体重の維持、歩行などの運動、喫煙しない、飲酒を抑える、などのように、日々の生活に取り入れることで骨粗しょう症の予防に繋げることができるといわれています。また、予防だけでなく、定期的に検診することで自分のことを理解し、必要に応じた治療を必要なタイミングで受けられるようにすることも重要といわれています。
自分の日常生活から見直してみる、検査に行く、病気のことを理解する、治療法を知るなどの行動を起こし、健康で豊かな生活、QOLの向上を一歩ずつ目指していきましょう。
~はじめの一歩~
はじめの一歩として、骨の健康チェックリストを見てみましょう。
以下の項目のチェック※12が多かったという方は、日々の生活の見直しや、検診に行くなどしてみてください。
監修いただいた先生 苑田第三病院 病院長 星野 雅洋 先生
※1 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版 「骨粗鬆症の概念および定義」
※2 厚生労働省 e-ヘルスネット 「健康用語辞典 骨密度」
(https://www.e-healthnet.mhlw.go.jp/information/dictionary/exercise/ys-027.html)
※3 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版 「骨強度の規定因子とは」
※4 ※5 厚生労働省 「令和4年国民生活基礎調査 IV 介護の状況」
(https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa22/dl/05.pdf)
※6 骨折の状態や患者さんの健康状態により効果に差があります。
※7 大腿骨頚部_転子部骨折診療ガイドライン2021(改訂第3版)
※8 健康寿命とは、健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる寿命を指します。
※9 「ヘルスリテラシー」:健康情報を入手し、理解し、評価し、活用するための知識、意欲、能力
※10 ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社 「人生100年時代 × デジタル社会の総合的なヘルスリテラシー国際調査」
(https://www.jnj.co.jp/media-center/press-releases/20231208)
※11 Yoshimura N, Iidaka T, Horii C, Muraki S, Oka H, Kawaguchi H, Nakamura K, Akune T, Tanaka S:Trends in osteoporosis prevalence over a 10-year period in Japan: The ROAD study 2005–2015. J Bone Miner Metab 40(5): 829-838, 2022
※12 骨粗鬆症の予防と治療ガイドライン2015年版 「骨粗鬆症による骨折の危険因子とその評価」