~今村病院における低線量CT肺がん検診の受診促進に向けた取り組みを紹介~
新型コロナウイルスの流行でがん検診の受診控えが指摘されてきました。日本で死亡数が一番多いがん種の肺がんについては、無料または少額で受けられる検診は胸部X線検査と喀痰細胞診が基本となっており、低線量CTを活用した肺がん検診は、人間ドックなどの任意型検診として受けることができます。
今回、長年にわたり呼吸器外科医として最先端の肺がん診療に携わってきた福岡大学病院の佐藤寿彦先生と、福岡・佐賀エリアで地域住民のがん検診受診促進に尽力してきた今村病院の今村一郎先生に、日本でのがん検診受診率の現状や、低線量CT肺がん検診の重要性について、今村病院の低線量 CT検査受診率を向上させた取り組みと併せてお話しいただきました。
― がん検診受診率の現状や推移について、どのように思われますか?
佐藤先生:
ジョンソン・エンド・ジョンソン メディカル カンパニー(以下、J&J)が行った全国調査では、 2021年度のがん検診受診率は各がん種で約3~4割であり(図1)、一方で厚生労働省による「令和元年度国民生活基礎調査」では2019年の受診率が約5割と、コロナ禍では受診率が低下している傾向がみられました。ただ、J&Jの調査結果の中で、とりわけ国民健康保険(以下、国保)に加入している方で受診率が低かった点が気になりますが(表1)、実際に住民の方の検診を担当されている今村先生は、受診の現状をどのように感じていますか?
今村先生:
一般論としては、がん検診の情報に触れる機会が職場などに限られがちなため、自営業などの方が多い国保加入者における受診率の違いにつながっているのかもしれません。また、当院では健診で異常所見が認められた方には精密検査目的の二次検診を勧めていますが、現時点で体の不調の自覚が特になければ必要性を感じにくいためか、二次検診受診率は低い印象です。同様の心理ががん検診にもあったと思われ、コロナ禍でがん検診を勧められても「体の不調を感じないし、来年コロナが去ってから受診すればいい」というような気持ちに傾いてしまった方が多かったのかもしれません。
佐藤先生:
大腸がんについて、コロナ前と比較してコロナ禍では、発見されたがんのステージがより進んだ状態であったとの研究報告がされています1)。受診控えにより、がんの発見が遅れ、治療選択肢が狭まることが心配ですので、今一度、がん検診の目的である、『がんの早期発見の重要性』を周知していくことが必要かもしれませんね。
【図1】 5つの対策型がん検診におけるがん検診2021年度の受診率(「受診済み」「受診予定」の合計)
※ 厚生労働省「令和元年度国民生活基礎調査」
【表1】 加入保険種別にみる2020、2021年度のがん検診受診率
* 組合管掌健康保険
** 全国健康保険協会管掌健康保険
― 今村病院では、任意型検診(費用は受診者の自己負担)である低線量CT肺がん検診の普及を目指した取り組みを行っていると聞いています。具体的な内容や取り組みについてご紹介いただけますか?
今村先生:
当院では、2021年10月から低線量CT肺がん検診を比較的受診しやすい価格で提供する取り組みを開始しました。低線量CT検査では、X線検査で見つけることができないような、小さな早期がんを発見することが期待されます。
本取り組みは、健康診断や治療による通院で来られた方が希望すれば受診できるように、院内のチラシやデジタルサイネージ(電子看板)にて来院者に周知を図っています。他の病院でも低線量CT検査を実施しているところはありますので、受診者の方々にはぜひ積極的に詳細を問い合わせていただきたいですね。
当院のこうした取り組みに至った背景には、医師としてがんの早期発見に貢献したいとの思いがあります。私は、当院を一緒に支えてくれた職員のなかにも、進行がんの状態で見つかり亡くなった方を見てきました。中には若くして亡くなった職員もおり、私にとっても辛い出来事でした。
しかしながら日本は依然として、がん検診の受診率が高いとはいえない状況ですので、どうすれば受診率を上げてがんの早期発見に結びつけることができるか、佐藤先生に相談しました。
佐藤先生:
私も以前から、がん医療に貢献したいと考えていました。なかでも私の専門である呼吸器領域について、低線量CT検査によるがん死亡率減少の有用性は、研究結果に基づく知見が蓄積されてきており、私も注目していました。
今村先生から相談を受けたとき、着目したのは今村病院で年間4~5万人の健康診断を実施している点です。仕事が忙しく任意型検診を受けづらい方でも、低線量CT検査を受診しやすい価格かつスムーズに受けやすい体制を提供できれば、肺がん早期発見につながるのではと考えました。
今村先生:
取り組み開始以来、以前と比較して低線量CT肺がん検診受診者も増え、2022年5月25日時点で合計1,213人もの方に低線量CT肺がん検診を受けていただくことができました。
― 低線量CT肺がん検診を受診する方が理解しておくべき点はありますか?
今村先生:
低線量CT検査で小さな影が見つかり、肺がんの疑いがあるという結果になった場合でも、実はがんではない、いわゆる偽陽性の可能性があることを、受診を検討している方に必ず説明しています。基本的に1回の検査で判断することはなく、がん疑いの場合は確定診断のためにより高解像度のCT検査など、追加の精密検査が必要となることをあらかじめ理解してもらうようにしています。
佐藤先生:
低線量CT検査は通常のCT検査よりも放射線量の少ない方法ではありますが、胸部X線検査と比べれば被曝量が多いというリスク面を受診者に説明しておく必要があります。ただ、実際の発がんリスクは小さく、肺がん早期発見のメリットの方が上回ると考えています。
また以前は、検出された病変が微小な場合、肺がんの疑いがあっても確定診断に至る方法がありませんでした。しかしながら、近年では検査技術の進歩により、早期治療介入ができるようになりました。加えて手術技術の進歩により、微小肺がんに対してより低侵襲な外科的アプローチも可能となってきた印象です2)。
― 低線量CT肺がん検診の受診率の向上や普及に向けて、どのようなことが必要だと感じていますか?
今村先生:
J&Jの調査では、一般の生活者を対象に「がん検診受診率の向上に必要なもの」を尋ねたところ、 2割の方が「検査をすることの必要性が示されること」と回答しました(図2)。低線量CT肺がん検診の普及についても、一般の方にその有用性を正しくかつ適切なタイミングで情報提供することが肝要だと考えています
佐藤先生:
低線量CT肺がん検診を受けることの利益と不利益のバランスを考えることがとても重要だと思います。利益に関しては、肺がんは進行がんで発見されると医療費が高くなり治療にも多くの時間を要することになりますが、早期に発見できれば、医療費も少なくて済み、治療期間も短縮され、社会復帰に要する期間が短く済むことが期待されます。
図2からうかがえるように、受診に伴う費用負担の大きさも課題に挙げられますので、ゆくゆくは低線量CT検査も対策型検診のひとつになり、公的な補助金も出て受診者の費用負担が軽減されることを期待しています。
そのためには低線量CT検査の有用性について、研究から多くの知見が蓄積されることが必要です。地域住民を対象とした茨城県日立市の研究では、X線検診と比較して低線量CT肺がん検診で死亡リスクのさらなる低減が得られることが示唆されており、非喫煙者や軽喫煙者など喫煙歴の少ない方でも同様な結果が示されています3)。
また、現在日本で行われているJECS Study4)という研究では、肺がん検診希望者をX線検査単独受診と低線量CT検査併用受診の2グループに分けて、低線量CT肺がん検査に上乗せのメリットがあるか検証中です。
【図2】「がん検診受診率の向上に必要なもの」に対する生活者の回答
― 最後に、今後の意気込みをお願いします。
今村先生:
まずはがん検診に関心の高い方に、より役立つ情報を届ける体制やシステムが必要だと感じています。地道な努力によって、まずは、この地域の肺がん死亡率が少ないという結果を出していきたいですね。
佐藤先生:
現在、今村病院と福岡大学病院で連携することで、検診から治療までスムーズに移行できる体制をとっています。引き続き、肺がんを早期発見し、低侵襲な術式で根治的に切除し、短期間で社会復帰できるよう患者さんのがん治療を手助けしていきたいと考えています。将来的にはこうした取り組みが九州、そして全国へと広がるよう尽力していきたいと考えています。
1)Kuzuu K, et al. JAMA Netw Open 2021;4:e2126334.
2)中村廣繁, 他. 肺癌 2018;58:175-181.
3)Nawa T, et al. Jpn J Clin Oncol 2019;49:130-136.
4)肺がんCT検診の比較試験:JECS Study 日本医療研究開発機構(AMED)革新的がん医療実用化研究事業 「低線量CTによる肺がん検診の実用化を目指した無作為化比較試験及び大規模コホート研究」班(佐川班)(http://jecs-study.jp/research.html)2022年6月参照