Skip to content
Heart icon (animated) heart icon (static)
ストーリー
シェア
ジョンソン・エンド・ジョンソン
福島復興を目指すワイナリーでのボランティア活動
ジョンソン・エンド・ジョンソン
福島復興を目指すワイナリーでのボランティア活動

企業理念である「我が信条(Our Credo)の 第三の責任として「地域社会」への責任を掲げているジョンソン・エンド・ジョンソンでは、日ごろから多くのメンバーが様々なボランティア活動を行っています。東日本大震災をきっかけにボランティア休暇制度を立ち上げ、多くのメンバーが復旧や復興を支えるボランティア活動を行ってきました。コロナ禍で制限はあるものの、その活動は現在も続いています。私たちが大切にしているのは、常に活動先の皆さまの声に耳を傾け、学び、ニーズを把握しながら、ともに未来をデザインしていくことです。3月、私たちは様々な勉強会を開き、今後の支援の在り方をあらためて考えました。その一環として、現在メンバーがボランティアを行っている福島県富岡町の「とみおかワインドメーヌ」の遠藤秀文さんをオンライン勉強会にお招きしました。そこで学んだことは、「我が信条 (Our Credo)」や私たちのビジネスにも通じる3つのことです。

  1. 「地域社会」への責任という強い信念が生み出す力
  2. あきらめない力から生まれるイノベーション
  3. 長期的なビジョンで未来をデザインする
expand とみおかワインドメーヌ

とみおかワインドメーヌ

写真提供:一般社団法人とみおかワインドメーヌ

福島県双葉郡富岡町。2011年3月11日にマグニチュード9.0の地震で発生した津波で駅舎が流された常磐線富岡駅を出てしばらく行くと、そこには震災前にはなかったぶどう畑が広がっています。よく晴れた秋の日には、太平洋の深い青と、ぶどうの緑色が重なり、地中海沿岸のような景観が作り出されます。


expand 写真提供:一般社団法人とみおかワインドメーヌ

写真提供:一般社団法人とみおかワインドメーヌ

ここは、富岡町出身で建設コンサルティング会社を営む遠藤秀文さんが、仲間の有志10人と始めたワイナリー「とみおかわいんドメーヌ」です。福島第一原子力発電所から約10キロに位置するこの場所は、2017年4月までは居住制限区域、避難指示解除準備区域に指定されていました。当時誰も住んでいなかったこの地域で、遠藤さんたちが実験的に苗木を植え始めたのは、制限が解除される前の2016年3月のことです。避難先のいわき市や郡山市から、往復3時間をかけてぶどうの木に水をやりに通う。遠隔からのワイン造りへの挑戦が始まりました。

「最初は、多くの人に無謀だと言われました。最近では、先祖代々の農地が地域の将来のためになるのであればと、協力してくれる人が多いです。将来的にはワインを核に観光産業を盛り立てたい」と遠藤さんは話します。

福島第一原発の事故の影響で全町民が避難を余儀なくされた富岡町では、2017年4月から住民の帰還が始まりました。しかし、現在の居住者数は1585人(2021年3月1日現在)で、震災前の約1割にとどまっており、今でも町の12%は帰還困難区域となっています。

一方で少しずつ希望も見え始めています。現在は小中学校やこども園も再開され、未来を担う子どもたちが戻ってきています。また、産業面では農業復興の基盤づくりや、メガソーラーなどといった町の再生に向けたプロジェクトがすでに始まっており、遠藤さんの「とみおかワインドメーヌ」もその一つです。


Lesson1:地域社会への責任という強い信念が生み出す力

expand 遠藤さんのご自宅は倉のみ残る

遠藤さんのご自宅は倉のみ残る

写真提供:遠藤秀文さん

富岡町出身の遠藤さんは、大学卒業後に都内の大手建設コンサルティング会社に就職してからの13年間は、アフリカからアジア、中南米などで世界中のODA=政府開発援助プロジェクトに関わってきました。そんな遠藤さんが故郷に帰ってきたのは35歳の時。父勝也さんの興した測量会社を継ぐためです。

震災が起きたのはその3年後のことです。先祖代々受け継いだ山の木を使用した自宅が完成した5か月後でした。従業員の安全を確認した後、遠藤さんも家族を連れて避難しました。不安の中迎えた震災の翌朝の午前5時30分、全町民の避難を告げる放送が町内に鳴り響きました。当時2歳の息子は高熱のため病院で点滴を受けていましたが、一刻の猶予も許されない中、遠藤さん一家は富岡町を後にしました。


expand

先祖代々の山の木を使って社屋を建設

写真提供:株式会社ふたば

妻の実家である岐阜県に一家で避難していた遠藤さんが当時富岡町長だった父勝也さんから電話を受けとったのは、それから2日後の3月14日のことです。

「会社をどうするんだ」という勝也さんの第一声。「この会社は故郷に43年育ててもらった。だからいち早く恩返しをしてほしい」と勝也さんは話したといいます。この父の言葉にハッとしたという遠藤さん。その行動は速いものでした。3月20日には家族を残して福島に戻り、震災から4月11日、パソコンと携帯一台で、事業再開にこぎつけたのです。

「海外では、どんなに大きなプロジェクトでも最初はトランク1個から始まります。35歳までの経験が、事業再開につながったと思います」と遠藤さんは振り返ります。

社員は震災前の半分の10人からのスタートでしたが、遠藤さんの会社では測量設計という強みを活かして、沿岸地域を中心としたインフラ、ライフラインの復旧・復興作業に尽力しました。そして現在は、3Dや測量といった技術を使い、被災地のみならず、ツバルなどの海外での防災活動などに関わっています。社員も50人まで増え、福島イノベーション・コースト構想の一翼を担う企業となりました。


Lesson 2: あきらめない力から生まれるイノベーション

expand

写真提供:一般社団法人とみおかワインドメーヌ

2017年4月に役場が富岡町に戻り住民の帰還が始まると、遠藤さんも本社機能を富岡町に戻すことを決意します。その時に富岡本社と郡山支社の建設で使用したのが、先祖代々受け継いできた山の木です。2016年にぶどうの木を植え始めた場所に隣接していたその山を切り開くと、目の前に海が見えました。「ここにぶどう畑が広がっていたらすごい景観になるに違いない」。遠藤さんは、ぶどう畑を広げる決心をしました。


expand 試行錯誤の末に収穫を迎える

試行錯誤の末に収穫を迎える

写真提供:遠藤秀文さん

しかし1年目も2年目も3年目も、一向にぶどうは実りませんでした。「何とかしなければならない」、そう思った遠藤さんは、有志の中から6人の出資を得てプロジェクトを一般社団法人化し、専従の管理人を雇い、ボランティアも積極的に募るなどして新たなスタート切りました。

多くの人の力を借りながら、4年目の2019年秋、ぶどうは見事に実を付け収穫となりました。ワインの収穫には、富岡町に帰還した子どもたちも集まりました。

「子供たちに、『僕たちが成人したら植えた木からできたワインが飲めるんですよね』と言われました。だから『成人式には白と赤、紅白のワインをプレゼントするよ』と約束しました。こうやって、故郷の良さを感じてくれればなと思っています」


Lesson 3: 長期的なビジョンで未来をデザインする

expand

写真提供:一般社団法人とみおかワインドメーヌ

復興ワインと称される取り組みですが、構想は震災前からありました。故郷を18歳の時に離れた遠藤さんの心の中に常にあったのは、「富岡町を少しでもよくするためにどうしたいいのか」という故郷を思う気持ちです。仕事で世界20か国以上訪れ、建設コンサルタントという職業柄、常に「景観」にこだわってきた遠藤さんが出した答え、それがワイン文化の醸成でした。

「ワイン畑には、地域の景色があるんです。地域の文化、テロワール(自然風土の環境形成)になっていく。そうすると少しずつ地域の魅力も作られていくと思います。様々なプロジェクトと相乗効果を生みながら、付加価値の高い地域にしていきたいと思います」と遠藤さんは思いを馳せます。

中長期の目標はプロジェクトの事業化です。そしてワイン事業を通じて、地域の持続可能な基幹産業を形成し、将来的には観光資源創出や交流や移住・帰町促進、風評払拭などに寄与したいと遠藤さんは話します。

「社会的課題を複合的な視点でとらえ、そこから生まれる技術やサービスがイノベーションとなり、未来の社会の支えになっていく点で、ワインも復興も似ていると思います。ただし、ワインづくりも復興も我々の代では完結しない。100年先を考えてやらないとならない。つまり、次の次の世代が主役になるんです。私たちは基盤を作る役目を果たしていきたいと思います」と遠藤さんは語りました。


ジョンソン・エンド・ジョンソンのメンバーもお手伝い
expand

ジョンソン・エンド・ジョンソンでは、遠藤さんの「地域社会」への責任や思いや「あきらめない力」、そして「長期的ビジョン」に共感したメンバーが、これまでボランティア活動に参加し、その活動は、現在も続いています。その中の一人で、持続可能な社会づくりのための行動啓発活動をしているWeSustain(ウイサステイン)という社員の自発的グループのメンバーである新町丈志さんは、2019年からボランティアを行っています。


expand 新町丈志さんは3年前から福島にある須賀川事業所に勤務

新町丈志さんは3年前から福島にある須賀川事業所に勤務

「福島で働き家族と生活する一人として、地域の復興は非常に重要だと考えています。このプロジェクトを少しでもお手伝いすることによって、ワイン造りが富岡町を支える産業となり、子どもたちが笑顔で暮らせるような地域になるよう、一緒に盛り立てていきたいと思います」と新町さんは話します。新町さんは震災で被災した福島県須賀川の工場で生産技術に関わっています。


expand

醍醐聡さんもボランティアの一人

遠藤さんのワイナリーでの学びを社員に共有したいと、WeSustainでは今回の遠藤さんの勉強会を企画しました。

「首都圏の電力を支えていた地域の復興のお手伝いをすることを通して、WeSustainとしても目に見えない“電力”について知り、持続可能なエネルギーについて考える機会を設けたいと思っています」とWeSustainのリーダー醍醐聡さんは話します。

ジョンソン・エンド・ジョンソンは、被災地の復興を応援しています。