ご自身、あるいはご家族が「心房細動(AF)」と診断された方は、脳梗塞にも注意が必要です。
要介護状態になるリスクも高い「脳梗塞」*1の原因には、心房細動をはじめとする心臓疾患(心原性)の症例が17~30%含まれています*2。また、心房細動が原因で発症する脳梗塞(心原性脳塞栓症)は脳の太い血管が詰まってしまうことが多いため、脳梗塞の中でもっとも症状が重いといわれており、後遺症が残ったり、最悪の場合死に至ることもあります。
脳梗塞の予防法はいくつかあり、もちろんすぐに始められるお薬による予防法がファーストチョイスですが、お薬の継続が難しい場合には、他の選択肢があります。
まずは治療の選択肢を知っておくことが、最適な治療への第一歩です。
2022年4月に保険適用が開始され*3、医療機関での認知も拡大している「胸腔鏡下左心耳閉
鎖術(ウルフ-オオツカ法」を含めた、脳梗塞の予防法についてご紹介します。
目次
【監修】
ニューハート・ワタナベ国際病院
副院長 兼 ウルフーオオツカ低侵襲心房細動手術センター センター長
大塚俊哉 先生
心房細動はなぜ脳梗塞を引き起こしてしまうのでしょうか?そのメカニズムや予防、治療の重要性についてご説明します。
心房細動が原因で脳梗塞が発症する理由
心房細動が起きているとき、心房は小刻みに痙攣しています。そのため血流が滞り、血のかたまり(血栓・けっせん)ができやすくなります。
このとき血栓のできる場所は、最新の知見では非リウマチ性の心房細動においては100%近い確率で左心耳であるといわれています*4。大きな左心耳や複雑な形状の左心耳ほど血栓リスクが高いともいわれています*5,6。
血栓がはがれて血流とともに全身の動脈に流れると、体の各部で動脈を塞ぎ、塞栓症を引き起こします。この血栓が心臓の血管(冠動脈)で詰まると心筋梗塞、足の血管で詰まると下肢急性動脈血栓症、腸への血管で詰まると致死性の高い上腸間膜動脈血栓症となり、広範囲の腸壊死を引き起こします。また、脳へ運ばれ、頸動脈から脳動脈のどこかで詰まり脳に血液が届かず脳細胞が壊死してしまうと、脳梗塞となります。
心房細動が原因で脳梗塞が発症する(心原性脳塞栓症)メカニズムのイメージ
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心房細動による心原性脳塞栓症のリスク評価(リスクスコア/CHA2DS2-VAScスコア)
下の表(それぞれの因子の頭文字をとってCHA2DS2-VAScスコアともよばれます)で点数が高い方は血栓ができやすいといわれており、現在は1点から抗凝固薬が推奨されます。医師に相談しながら、適切な治療を受けましょう。
CHA2DS2-VAScスコア
(参考文献:不整脈薬物治療ガイドライン2020年改訂版)
心原性脳塞栓症を予防するには、前述のリスクスコアを軽減するために血圧をコントロールしたり、生活習慣を改善したりすることも重要ですが、リスクが高ければ次のような治療が選択されます。
抗凝固薬といわれる、血栓をできにくくする薬を飲む治療法で、心原性脳塞栓症の予防は、約70%のリスク軽減*8です。
抗凝固薬は、血液凝固因子の働きを弱める薬です。すぐに始められるメリットがありますが、血液が固まりにくくなるため、脳出血や消化管出血などに注意が必要です。また、服用をはじめたら薬を飲み続ける必要があります。
抗凝固治療による出血リスクはHAS-BLEDスコア(下の表)で確認することができます。点数が高くなるほど出血リスクが高くなり、抗凝固治療が難しくなる場合があります。
HAS-BLEDスコア
(参考文献:不整脈薬物治療ガイドライン2020年改訂版)
抗凝固治療が困難な方には下記のように、血栓ができやすい左心耳を閉鎖または切除し、血栓が脳に運ばれるのを防ぐ治療法があります。
太もものつけ根からカテーテルを挿入して、左心房の内部から左心耳の入口を閉鎖する医療器具を移植する方法です。比較的小さいキズで手術が可能ですが、医療器具を内皮が覆いつくし血栓を予防できるまで、抗凝固治療が続けられます。また、血栓リスクの高い大きな左心耳や複雑な形状の左心耳は閉鎖できないため、次のウルフーオオツカ法が選択されます。
切除した左心耳。分葉化して複雑な形状のため、脳梗塞リスクが高い。
外科手術の中でもウルフ-オオツカ法と呼ばれる手術は、血栓ができやすい左心耳を閉鎖して心原性脳塞栓症の予防をするとともに、心房細動を根治して正常な脈を取り戻す外科的アブレーション※を同時に行う手術法(W-OⅠ)です。症例によっては(超高齢かつ長期慢性心房細動のため脈の治療の成功率は乏しいが抗凝固治療継続が困難なケースなど)左心耳閉鎖のみを行うこともあります(W-OⅡ)。心臓血管外科で行われるため「大きく胸を切る手術をするのではないか」と不安を抱く方もいらっしゃるかもしれませんが、「胸腔鏡」と呼ばれる方法で肋骨のあいだに数ヶ所の小さい穴を開け、そこから内視鏡と器具を挿入して行う手術です。
※アブレーションとは、心筋のうち心房細動の原因となっている異常電気信号を受ける部分を細胞死させることによって、心房細動を引き起こす異常な電気信号の伝導を止める治療法です。
①全身麻酔下で、左右胸部に小さな刺し傷を3-4カ所開ける
②筒状のポートを差し、内視鏡と手術に必要な器具を挿入
③ビデオモニターを見ながら左心耳閉鎖(ステイプラ―で切除またはクリップで挟む)および左右の肺静脈隔離などの外科的アブレーションを行う
外科的アブレーションのイメージ(心臓背面)
Q. ウルフーオオツカ法を選択すると、どのようなメリットがありますか?
Q. ウルフーオオツカ法はどのような患者さんに適しているのですか?
ウルフーオオツカ法は、カテーテルアブレーションと同様、保存的治療が困難となった発作性、持続性非リウマチ性心房細動の患者さんすべてに適用できます。一度の手術で、高い洞調律(正常な心拍)維持率を得られ、かつ、左心耳切除を必ず行うので、心原性脳梗塞をより確実に予防できる手術法です。そのような理由から、心原性脳梗塞リスクの高い方や、出血性副作用などの理由で抗凝固治療が困難な患者さんなど、保険収載以来この手術を希望する患者さんが増えています。ご自分の問題点やライフスタイルに合わせて選ばれるとよいでしょう。
Q. 左心耳は切除してもよいのでしょうか?
左心耳は、胎生期(胎児が母親の胎内にいる時期)には左心房であったものが成長に伴い縮小して、代わって肺静脈が拡大・成長することで左心房が完成し、縮小した部分が左心耳として残ったものです*13。機能としては、塩分と体液のバランスを調整するナトリウム利尿ペプチドを生産するほか、左心房内で圧力と容積が増加した際の減圧室として働くといわれています。
しかし、最新のシミュレーションによると、左心耳がなくなっても心臓のアウトプットに有意な影響はもたらさず、また、左心耳を切除して、ナトリウム利尿ペプチドが一過性に低下しても、腎臓など他の臓器ですぐに代償されます*14。この代償機転がレニン・アンジオテンシン・アルドステロン系に介入して降圧効果がもたらされるともいわれています*12。また糖・脂質代謝に好影響を与え、糖尿病や高脂血症の予防にもつながる可能性が示唆された報告もあります*15。このように、左心耳切除が心原性脳梗塞予防以外にもたらす効果についても期待されています。
Q. ウルフーオオツカ法を受けたいと思っていますが、自己負担額はどのくらいかかるのでしょうか?
治療にかかる費用は医療機関、治療内容、入院日数などにより異なりますが、数万~30万円 程度が目安となります。治療費は医師が適当と認めた際には健康保険が適用されるうえ、高額医療に対する還付制度を利用すると自己負担額を減額できる場合があります。年齢や所得、治療内容などの条件により異なりますので、医療機関の窓口などにご相談ください。
高額医療に対する還付制度
心原性脳塞栓症の予防には、いくつかの治療法が存在することをご紹介しました。
どの治療法が最適なのかは、抱えるリスクやライフスタイルになどにより、患者さん一人一人で異なります。様々な観点から情報収集しながら、医師と相談し、総合的に選択することが大切です。
*1 厚生労働省「国民生活基礎調査の概況 2022」
*2 日本脳卒中データバンク報告書2023年
*3 参考 令和4年度診療報酬改定項目の概要
*4 EuroIntervention, 2019 Jun 12;15(3):e225-e230. doi: 10.4244/EIJ-D-19-00128.
*5 Journal of American College of Cardiology (JACC) 2013;112:1148-52
*6 Journal of American College of Cardiology (JACC) 2012; 60; 531-8
*7 European Heart Journal (2022) 43, 2127–2135
*8 Arch Intern Med, 1994 Jul 11;154(13):1443-8
*9 Journal of American College of Cardiology (JACC) 2013;62(2):103-107]
*10 Heart Rhythm. 2018 Sep;15(9):1314-1320
*11 Journal of American College of Cardiology (JACC) 2018; Apr 10;71(14):1528-1536
*12 Journal of American College of Cardiology (JACC) 2013;62(2):103-107]
*13 心臓 Vol.42 No.9 (2010)
*14 J Physiol Pharmacol. 2017 Feb;68(1):117-123
*15 Journal of American College of Cardiology (JACC) 2018;71(2):135-144]