2025年8月、日本高血圧学会が「高血圧管理・治療ガイドライン2025」を改訂し、初めて高血圧治療補助のスマートフォンアプリが治療支援のひとつとして掲載されました*1。この改訂は、日本の医療においてデジタル技術が本格的に活用される新たな時代を象徴するものといえるでしょう。
現在、オンライン診療の普及、電子カルテの導入、AI診断支援システムの実用化など、医療DXが加速度的に進展する中、私たち一人ひとりにもデジタルヘルスツールを活用した健康管理 ― デジタルヘルス*2がこれまで以上に求められるようになってきました。
ところが、日本の現状をみてみると、ヘルスリテラシーに関する国際比較調査では、日本人の健康管理におけるデジタルツール活用率は39.2%にとどまり、中国の81.0%、アメリカの67.0%と比べて大幅に低いという結果が出ています。さらに、「医療においてデジタル化やデータ活用が進むことは望ましい」と回答した人も約4割でした*3。
しかし、決して活用のハードルが高いわけではありません。デジタルヘルスの真の魅力は、身近なツールから無理なく簡単に始められることにあります。デジタルヘルスツールの活用方法について、ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループ統括産業医の岡原 伸太郎 先生にインタビューしました。
医療技術の歴史を振り返ると、心電図やレントゲン写真の発明により、それまで人間が把握できなかった体の状態を「見える化」することで、病気の早期発見・早期治療が可能になってきました。そして今、従来は医療機関でしか測定できなかった健康指標が、デジタルヘルスツールの普及によって私たちの日常生活の中で手軽に、かつ継続的に測定できるようになったことで、健康管理の可能性は飛躍的に広がりました。
この変化がもたらす最大のメリットは、情報量の格段な増加にあります。年に一度の健康診断での測定に加えて、毎日の継続的な測定も行う。この情報量の増加により、わずかな体調の変化に気づくことができ、病気の早期発見の可能性にも繋がります。
デジタルヘルスへの第一歩として、まずは誰もが馴染みのある以下の3つの測定・記録から始めてみましょう。
歩数測定・記録は、デジタルヘルスの入り口として最適です。測定ツールの選択肢も豊富で、スマートフォンに標準搭載されている歩数アプリを使えば、新たな機器を購入する必要もありません。万歩計や活動量計、スマートウォッチまで、予算や好みに応じて幅広く選ぶことができます。
「昨日より+1000歩」を目標にするなど、無理のない範囲で少しずつ増やしていくことが継続のコツです。デジタルヘルスツールで測定することで、小さな改善の積み重ねが可視化され、やる気にも繋がりやすく、やがて大きな変化を実感できるはずです。
体重測定・記録は健康管理の基本ですが、デジタル化することでその効果は格段に向上します。Bluetooth対応体重計なら、測定と同時に自動的にスマートフォンにデータが送信されるため、記録を忘れる心配もありません。従来型の体重計でも、測定後に記録すれば十分に効果的です。
継続のコツは、毎日同じ時間に測定することです。朝の洗面時など、既に習慣となっている行動と組み合わせることが大事です。「ながら測定」ができる環境を作ることで、意識しなくても自然と測定できる仕組みができ上がり、無理なく続けられるようになります。データを蓄積していくうちに、食事内容や生活リズムと体重変動の関係が次第に見えてきて、自分なりの健康管理のコツを発見できるでしょう。
2025年の「高血圧管理・治療ガイドライン」改訂で高血圧治療補助アプリを使った治療が推奨されたことからもわかるように、血圧管理のデジタル化は医療現場でも進み始めています*1。合わせて、家庭用デジタル血圧計があれば心拍数も同時に測定できます。
家庭での継続的な血圧・心拍測定は、医師による診療の際にも非常に役に立ちます。診察室での一回限りの測定では把握できない、日常生活における血圧や心拍の変動のパターンを詳細に知ることができるからです。この情報により、より個人に適した治療方針を決定することが可能になります。
健康データを測定・記録する目的は、単に数値を集めることではありません。測定・記録したデータを元に、自分の健康状態を把握することで数値が意味を持ち、何をどう改善すべきかが明確になるのです。
データを活用する上で最も重要なのは、個々の数値だけを注視するのではなく、「数値の変化」に注目することです。一回の測定結果で一喜一憂するのではなく、1週間、1ヶ月といった期間での傾向を観察することで、自分の健康状態をより正確に把握できるようになります。
なお、家庭での測定と病院での検査とは、それぞれ異なる役割を持っています。家庭用機器での測定は定点観測的な役割、つまり日常的な変化を捉える機能を果たし、一方で医療機関での測定は、正確な診断と治療方針の決定を行うものです。この役割分担を理解することで、それぞれの測定結果を効果的に活用できるようになります。
基本的な測定・記録に慣れてきたら、次のステップとしてより多機能なデジタルヘルスツールの活用を検討してみましょう。
スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスは、デジタルヘルス分野で注目を集めているツールの一つです。これらのデバイスの最大の特徴は、一つの機器で複数の健康指標を自動的に、かつ継続的に測定・記録できることにあります。装着しているだけで歩数や心拍数が自動測定・記録され、運動不足を知らせるリマインド機能や、座りすぎを防止するアラート機能なども搭載されています。
ただし、重要なのは機能の豊富さに惑わされることなく、「自分が何を測定したいか」という目的を明確にすることです。多機能である必要はなく、自分の目的に合ったシンプルなものを選ぶことも、継続的な活用への近道となります。
デジタルヘルスツールは、一人ひとりの人生を豊かにし、社会全体の健康水準向上にも貢献する可能性を秘めています。しかし、ツールを使うこと自体が目的ではなく、「自分がどのような健康状態でありたいか」「どのような人生を送りたいか」という根本的な問いを考える方がはるかに重要です。
その答えが見つかったら、それを実現するための最初の一歩として、身近なデジタルヘルスツールを活用してみてください。歩数、体重、血圧、血糖値、心電図等、自分が最も関心のある項目を一つ選び、手持ちのスマートフォンアプリや家庭用測定器を使って測定・記録を始めてみましょう。完璧を目指さず、小さく始めて習慣化することを心がけ、数値の細かい変動よりも全体的な傾向を把握することに意識を向けてください。
医療DX時代という大きな変化の波の中で、私たち一人ひとりが主体的に健康管理に取り組むことの意義はますます高まっています。今日から始める小さな測定・記録が、やがてあなたの健康への理解を深め、より充実した人生への扉を開くきっかけとなるはずです。
デジタルヘルスへの第一歩、踏み出してみませんか。
*1 参考:株式会社CureApp.「「高血圧管理・治療ガイドライン2025」にて治療アプリが推奨される治療支援のひとつとして初掲載」(なお、本治療アプリは治療を支援することを目的としたアプリものであり、医師の診断・処方が必要となります。)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000248.000015777.html
*2 本稿では、『デジタルヘルス』を「デジタル技術を活用した日常的な健康管理や予防の取り組み」の意味にて活用
参考:日本製薬工業協会.「デジタルヘルスの現状と課題」
https://www.jpma.or.jp/information/evaluation/results/allotment/g75una0000002by1-att/CL_202306_TF1_1_DH.pdf
*3 参考:ジョンソン・エンド・ジョンソン メドテック.「人生100年時代 × デジタル社会の総合的なヘルスリテラシー国際調査(6カ国調査)
https://www.jnj.co.jp/media-center/press-releases/20231208/pdf-03_summary