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変革をもたらした人々

一世紀余りにわたり、ジョンソン・エンド・ジョンソンの従業員には、人々の健康と幸せに変化をもたらしたいとの思いが代々受け継がれています。業務を通じて人々の健康に重要な貢献をした従業員の例をいくつかご紹介します。

創業家:ジョンソン3兄弟

ロバート・ウッド・ジョンソン ジェームス・ウッド・ジョンソン エドワード・ミード・ジョンソン

1886 年、ロバート・ウッド、ジェームス・ウッド、エドワード・ミードのジョンソン3兄弟は、米国ニュージャージー州ニューブランズウィックにジョンソン・エンド・ジョンソンを創業しました。草創期にジョンソン3兄弟は、殺菌済み外科用包帯、滅菌縫合糸、応急処置具、創傷管理製品、女性用ヘルスケア製品、デンタルフロス、ベビーケア製品などの新分野の先駆者として開発に力を注ぎました。

ジョンソン®ベビーパウダーの発明者:フレデリック・バーネット・キルマー

フレデリック・バーネット・キルマーは、1889年から1934年までDirector of Scientific Affairsを務め、創処置における消毒法の知識の普及に尽力した先駆者です。キルマー博士の「Modern Methods of Antiseptic Wound Treatment」には、創処置に関する医師や外科医の最新の見解が我々の製品カタログと共にまとめられました。 また、ジョンソン®ベビーパウダーの開発にもキルマー博士が主導的役割を果たしました。当時、ジョンソン・エンド・ジョンソンは経皮的に薬剤を送達する薬剤付き膏薬を販売していましたが、この膏薬は剥がす際に肌がヒリヒリすることがありました。そこで、キルマー博士は患者に皮膚の刺激を抑えるために小さな容器に入ったイタリア産のタルクを送付することを提案しました。タルクの効果に満足した患者から、このパウダーが赤ちゃんのお尻のかぶれにも効果があるとの連絡が寄せられ、1893年に最初の缶入りジョンソン®ベビーパウダーの販売へとつながったのです。

「我が信条(Our Credo)」の起草者:ロバート・ウッド・ジョンソン2世

1932年から1963年まで会長を務めたロバート・ウッド・ジョンソン2世は創業者ロバート・ウッド・ジョンソンの息子でした。彼は、事業および従業員との関係について強い信念を抱く、明確なビジョンの持ち主であり、1943年に起草した「我が信条(Our Credo)」の中で、企業原則ならびに患者、医師、看護師および地域社会に対する責任を記しました。ロバート・ウッド・ジョンソン2世の30年間にわたる指揮のもとにジョンソン・エンド・ジョンソンは世界的で成長を遂げ、事業を拡大しました。また、彼は生涯を通じて博愛主義を貫き、従業員・患者および地域社会のために多大な貢献をしました。

バンドエイド®救急絆創膏の発明者:アール・ディクソン

アール・ディクソンはジョンソン・エンド・ジョンソンの創業期の社員でした。彼の妻は、料理の際にやけどや切り傷など指の傷が絶えませんでした。当時はまだ救急絆創膏がありませんでしたが、アールにはいいアイデアがありました。ジョンソン・エンド・ジョンソン製の絆創膏とガーゼを利用して、ガーゼを小さく切って、一定間隔で絆創膏に貼り、クリノリンと呼ばれる薄い布で被覆しました。アールがこの発明を上司に報告したことからバンドエイド®救急絆創膏が誕生しました。1921年にバンドエイドの製造を開始し、ジョンソン・エンド・ジョンソンの最もよく知られた製品のひとつに成長しました。

血液型研究者:フィリップ・レヴィン博士

フィリップ・レヴィン博士(1900~1987年)はヒト血液の研究者として、また血液型の多数の亜型ならびにヒトRh抗原血液因子を発見したことで世界的に有名な研究者です。数世紀にわたり、Rhマイナスの血液型の女性の多くが分娩時に元気だった第一子を新生児溶血性疾患(HDN:Hemolytic Disease of the Newborn)と呼ばれる不可解な病態のために出生後に亡くしてきました。レヴィン博士とR. E. ステットソン博士の共同研究により、母親の血液中の抗体がその新生児の血液と適合しないことが原因であることが明らかにされました。1944年、ジョンソン・エンド・ジョンソンはレヴィン博士をニュージャージー州ラリタンのOrtho Research Foundationに迎え、博士は1965年の退職まで同社で研究を続けました。1968年にレヴィン博士の研究が、他の研究者の研究と合わせてHDN 治療薬として最初のRh免疫グロブリン、RhoGAMRの開発につながり、それによって数えきれないほどの幼い命が救われました。

医薬品研究の先駆者:ポール・ヤンセン博士

ポール・ヤンセン博士(1926~2003年)は近代医薬品研究の巨頭のひとりです。1953年にベルギーの小さな医学研究室からスタートしましたが、わずか4年のうちにこの小さな研究所は50人もの研究者を擁するまでに成長し、博士の会社ヤンセン・ファーマスーティカは最初の医薬品を上市しました。1961年にジョンソン・エンド・ジョンソンがヤンセン・ファーマスーティカ社を買収し、ジョンソン・エンド・ジョンソンの傘下に入りました。真に創造的な研究者であるヤンセン博士とその研究チームは、疼痛緩和、精神病患者に有用な医薬品、真菌感染と戦う薬剤、あるいは消化器系疾患の治療薬など、画期的医薬品の創薬を実現しました。ヤンセン博士は、個人名義で100を超える特許を所有し、自著または共著の数は 850を超え、さらに世界中で500回を超える研究発表を行いました。ジョンソン・エンド・ジョンソンではヤンセン博士の功績を称えて、2004年に Dr. Paul Janssen Award for Biomedical Research賞を創設しました。