<対談者プロフィール>
筑波大学卒業.専門は内科/プライマリ・ケア、医学教育、国際協力。1990-94年ボストンBeth Israel病院にて内科/プライマリ・ケア研修。2011年ロンドン大学衛生学熱帯医学大学院修士課程修了。健康格差の社会的決定要因(SDH)をテーマに,「自己責任」と言わない医師を育てる教育に取り組む。路上生活者の支援活動に参加。在住外国人の健康格差改善に向けて「やさしい日本語」の普及を図っている。また、SOGI(性的指向性自認)によらず安心して医療を受けられる病院を目指す順天堂医院で「SOGI相談窓口」を担当。
早稲田大学大学院教育学研究科修了。自身もトランスジェンダーであることから、LGBTQ+を含めた全ての子どもがありのままで大人になれる社会を目指し、20歳でReBitを設立。行政/学校/企業等でLGBTQ+やダイバーシティに関する研修実施、LGBTQ+へキャリア支援提供、国内最大級のダイバーシティと就労に関するキャリアフォーラム”DIVERSITY CAREER FORUM”の開催等を行う。また、日本初となるLGBTQ+かつ精神・発達障害がある人たちを主対象とした障害福祉サービス”DIVERSITY CAREER CENTER”を設立。また、世田谷区、新宿をはじめ行政で検討委員を務め、山形大学、九州大学で非常勤講師を経験。世界経済フォーラム(ダボス会議)が選ぶ世界の若手リーダー、グローバル・シェーパーズ・コミュニティ選出、オバマ財団が選ぶアジア・パシフィックのリーダー選出。共著に「LGBTってなんだろう?」「教育とLGBTIをつなぐ」「トランスジェンダーと職場環境ハンドブック」等がある。
メディカル カンパニー / エデュケーション ディレクター Open&Out Japan リード
1991年に新卒で入社。外科や不整脈治療の医療機器事業において、米国にてセールス、プロジェクトリーダーとして、日本ではセールストレーナー、プロダクトマネジャーなどを経験した後、テクニカルサービス、エデュケーションの事業部内責任者を経て、2021年より現職。2019年より、LGBTQ+の理解啓発を通してDE&Iの文化醸成に取り組むジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人グループ社員の自発的グループ「Open&Out」のリーダーに着任。
順天堂大学病院のLGBTQ+の取り組みを見て、学生が声を上げるようになった
古屋 ここまではLGBTQ+の人のヘルスケアアクセスの課題について伺ってきました。次は患者さんを受け入れる側の医療機関が、LGBTQ+への理解がどれぐらい進んでいるか現状について聞いていきたいと思います。SOGI相談窓口をつくるなど、あらゆるSOGI の方が安心して医療を受けられる体制を整えている、順天堂大学病院はどうでしょうか。
<SOGI(ソジ)とは>
Sexual Orientation and Gender Identityの略で、「性的指向と性自認」という意味。性的指向とは、人の恋愛や性愛がいずれの性別を対象とするかを表すもので、性自認とは、自分が自分の性別をどのように認識しているかを表します。
LGBTQ+はセクシャル・マイノリティーの当事者の人を示すのに対し、SOGIは全ての人をその対象としています。
武田 (LGBTQ+の人が医療とつながりやすくする一連の取り組みについて)本学にとって本当に良かったと思うことは、医学や看護学、理学療法や診療放射線などの専門職となる学生たちに、この取り組みを見せることができたことです。このことをきっかけに、学生たちが「更衣室で悩んでいます」「学籍簿の名前の横の性別記載で傷ついています」といった声を上げてくれて、悩んでいる学生がいるということの可視化につながりました。
古屋 武田先生はこの問題について海外経験を通して、個人的にも思いがあるそうですね。
武田 日本の大学院を出た後、アメリカのハーバード大学教育病院で、約5年間臨床研修をしました。40人の内科研修医枠に2000人が応募するようなプログラムで、英語力や日米の医療制度の違いを言い訳にできない厳しい環境でした。そこで親身になって助けてくれたのは、レズビアンやゲイの同僚や指導医の先生方であったことに後で気付きました。困難な状況にあることを敏感に感じ取り理解してくれました。でも、帰国後に出席したある学会のHIV診療がテーマのセッションで、ゲイの方を揶揄する発言に、出席者がどっと笑ったんです。私は自分が大切に思っている人たちが笑われたような気がして憤りを感じ、自分に何かできることはないかと考え始めました。
古屋 武田先生は順天堂医院でSOGI窓口を設けたり職員研修を行う*1など、LGBTQ+の方が安心して医療を受けられる取り組みを進めています。医療へのアクセスについてどう捉えていますか。
武田 医療機関受診が不安だったり、藥師さんが言われたような体験をして、病院には行きたくないという思いの方は少なくありません。特にトランスジェンダーの方は、不調があっても受診せずに済ませたい、身体のことを考えたくないという思いから、病院に来られた時には既に深刻な病状だったり、意識消失後に搬送されたということが起きています。
私の所属する日本医学教育学会では学会誌でSOGIの特集を組み、そのなかでトランスジェンダーの医学生の座談会*2を開きました。参加した医学生が「首から下の病気で病院に行こうとは思わない」と発言したことに衝撃を受けました。
医学の専門的な勉強をして、適切な診断や治療を受けることの必要性を学んでいる医学生が、「病院へ行けない」と思っていることが、この問題の深刻さを物語っています。1人の医療従事者がアライ=支援者として努力することも大切ですが、病院全体で受け入れシステムを整える必要があります。
気付かずに差別的発言することも 当事者から学ぶことが大切
医療従事者の心に届いて行動を変えるためには、やはり当事者の方から学ぶのが効果的だと感じています。
古屋 医療とのアクセスに関連してですが、米国における医療従事者側の意識調査*3についても触れられていた論文がありました。先生はアメリカやイギリスなど多くの国で働かれてきましたが、医療現場での現状について教えていただけますか。
武田 日本では医療従事者を対象としたハラスメントに関連した調査はまだなされていませんが、当事者の医学生・医療者の体験としてハラスメントは頻繁に起きています。
先ほど紹介した座談会でも、精神科の外来実習で、トランスジェンダーの患者さんが診察室を出た後に、担当医師が「気持ち悪いよね」と言ったことに、トランス医学生が「自分のことは一生言えないと思った」と述べています。
また、LGBTQ+をネタにして笑うことが授業や実習でも起きていると聞き、いたたまれない思いです。「マイクロアグレッション*4」という言葉がありますが、気が付かないで差別的発言をしてしまっていることもあります。 医療従事者の心に届いて行動を変えるためには、やはり当事者の方から学ぶのが効果的だと感じています。
アライの医師を増やし、発信していくことも大事です。最近はにじいろドクターズ*5やにじいろリハネット*6など医療従事者でつくる支援団体もできていますし、令和4年に改訂された医学生が学ぶカリキュラムである医学教育モデル・コア・カリキュラム*7の中で、LGBTQ+という言葉が略語集を含めて5回使われるなど、教育現場でもポジティブな変化が起きています。(平成28年度改訂版*8では性自認について2度言及はあるものの、LGBTQ+という言葉は使われていない)
医師の吉田絵理子氏は論文「SOGIに関する基礎知識,国内外の卒前医学教育の現状*9」では、以下のように述べている。
次に,筆者らの調査の結果概要を示す*10.2018年7月から2019年1月にかけて日本の医学部部長,医科大学の学長82名に質問紙を郵送して調査を行った.82校中60校から回答が得られ,未回答の項目数が多かった1校を除いた59校を解析対象とした.米国・カナダ*11,オーストラリア・カナダ*12での先行研究で用いられた質問に新たな質問を加えた質問紙を作成し,国際比較を行った.臨床前教育でLGBTについて教えていた学校は52.5%,まったく教えていなかった学校は30.5%であり,教育に費やした時間の中央値は1時間,平均値は1.6時間であった.臨床教育でLGBTについて教えていた学校は15.1%,まったく教えていなかった学校は47.2%で,教育に費やした時間の中央値は0時間,平均値は0.3時間だった.
後編は、健康を左右する「社会的決定要因(SDH)」について考えます。健康にも格差があり、個人の経済力や家族の状況、国の政策など社会的構造が影響します。LGBTQ+の人のヘルスケアの公正性を実現するために個人や企業ができる取り組みについても語りました。
【参照】
*1: https://hosp.juntendo.ac.jp/about/society/sogi.html
*2: https://www.jstage.jst.go.jp/article/mededjapan/54/1/54_9/_pdf/-char/ja
*3: https://www.jstage.jst.go.jp/article/mededjapan/54/1/54_16/_pdf/-char/ja
*4: 知らずに相手を傷つけてしまう言動のこと: 日本財団ジャーナル
https://www.nippon-foundation.or.jp/journal/2023/89893/education
*5: https://www.nijiirodoctors.com/
*6: https://nijireha.wixsite.com/website
*7: 医学教育モデル・コア・カリキュラム 令和4年度改訂版
https://www.mext.go.jp/content/20230207-mxt_igaku-000026049_00001.pdf
*8: 医学教育モデル・コア・カリキュラム 平成28年度改訂版
https://www.mext.go.jp/component/b_menu/shingi/toushin/__icsFiles/afieldfile/2017/06/28/1383961_01.pdf
*9: 吉田 絵理子SOGI に関する基礎知識,国内外の卒前医学教育の現状(「医学教育」2023年54巻1号)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/mededjapan/54/1/54_16/_pdf/-char/ja
*10: Yoshida E, Matsushima M, Okazaki F. Cross-sectional survey of education on LGBT content inmedical schools in Japan. BMJ Open 2022; 12:e057573.
*11: Obedin-Maliver J, Goldsmith ES, Stewart L, et al.Lesbian, gay, bisexual, and transgender-related content in undergraduate medical education.JAMA 2011; 306: 971-7.
*12: Obedin-Maliver J, Goldsmith ES, Stewart L, et al.Lesbian, gay, bisexual, and transgender-related content in undergraduate medical education.JAMA 2011; 306: 971-7.
関連リンク
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